沖縄・くすぬち平和文化館

建築概要
受賞歴 掲載誌
設計主旨

城壁に抱かれた建築

 沖縄を思うとき、忘れられない景色があります。本島中部の座喜味城跡、丘の上の遺構です。城壁のアーチをくぐると、琉球石灰岩積みの曲壁に囲まれた、空に開かれた広場に出ました。城壁の上に立つと、うねる石積みの上を、遠く横切る水平線は、地上のあらゆるものより高く見えました。空への広場が生み出す守られた安らぎを感じつつ、外に向けて思いが広がる。そんな景色でした。
 12年前のその日、はじめて沖縄を訪れた私は、沖縄に生きる真栄城玄徳・栄子夫妻の案内により、南部の戦跡や集団自決のあった壕、米軍基地を監視する丘などを見ました。沖縄戦の悲惨な事実に言葉を失った私に、二人は海を見せてくれました。そして語りました。「沖縄の人は、海のかなたのニライカナイという世界から、幸福がもたらされると信じ、苦難の歴史を乗り越えてきたのです。」「沖縄の思考は、海と同じで垂直でなく水平。人間関係も上下ではなく対等、平等です。」戦争と無縁の価値観を持つ沖縄が、最も悲惨な戦争を体験し、今もなお、米軍駐留が続く。その中でも自らの文化への誇りを失わず、それを育み続ける力強さ。戦争への怒り、平和を求める生き方への共感。いくつもの思いが交錯する中、城跡を訪れました。城壁の独特の曲線に、海の波のリズムが感じられました。石積の柔らかな表情は、命への慈しみに満ちて見えました。凝縮していた思いが、城壁の大らかな造形を前に解きほぐれていきました。「ぬちどぅ宝」− 命こそ宝という言葉に象徴される沖縄文化の根幹をそこに感じました。
 10年がたちました。真栄城夫妻は長年一つの夢を持ち続けて来ました。それは、平和と児童文化を育む建築を築くことです。その設計を依頼され、二人の夢の実現に参加することとなりました。夫の玄徳さんは嘉手納基地内に土地を持つ反戦地主で、平和の問題に向かい続けています。妻の栄子さんは、児童文化活動を展開しています。「基地であふれる沖縄をつくりだした私たち大人が、子どもに手渡せるものは何か。それは、平和がすべてに優先することを知らせることだ」と語る二人の生き方の結晶であるこの建築は、紙芝居劇場、絵本の店、平和資料室からなります。
 児童文化の本質を探り、それと呼応する建築空間をめざしました。絵本は子どもの「個」を育み、紙芝居は「共感」を育む。二つは一人の人間の成長にかけがえのないものとして、深く結び付いています。これと呼応して建築は、絵本の空間には、内面へと向かう子どもを「守り、包み込む」特性が必要となります。紙芝居劇場には、集中しつつ、思いをその場へと解き放つ「集中し、解き放つ」特性が必要となります。
両者を基本となる一つの骨格が支え、その上で各特質を展開する、そういう構成を求めていきました。この基本となる骨格として、沖縄の城壁をイメージしました。城壁の揺るぎない存在感と自然への慈しみを持った表情こそ、子どもの成長の場にふさわしい。命を大切にする沖縄の心が込められた城壁によって、平和をテーマとするこの建築の意味は強められ、深められると考えました。絵本の空間を、分厚い石積の城壁で囲み、子供の内面を「守り、包み込む空間」を築きました。本棚と天井の造形により、円の特性を強めた。城壁で庭を囲み、縁側により、絵本空間と庭との一体感を強めました。
絵本空間の背後に、大人のサロンを配し、子どもとそれを見守る大人の関係を空間に刻み込みました。紙芝居劇場を、絵本空間の上に重ねました。下階から立ち上がる曲壁に、曲線を組み合わせ、内外の方向性が拮抗する「巴」の空間によって、「集中し、解き放つ」場を形作りました。扇状に円を描きながら、斜めに上る木格子によって、中心に向かう高まりを強めました。外に向かう曲壁を、ロビーまで延長し、解き放つ空間特性を強調しました。この解き放たれた「共感」が「個」を深める絵本空間へと循環するように、庭の螺旋階段と、ロビー吹抜の壁画により、両者を結び付けました。
 平和資料室は、子どもの成長にとって、常に平和が必要なことを象徴するため、子どもの空間の背後に配置しました。厳しい資料と向かい、平和について語り合う場として、矩形平面の上に、反り上がった屋根を乗せ、屋根沿いに導かれる自然光によって、静けさの中に、希望が感じられる空間を形作りました。
 建築空間の特質に、沖縄の風土気候の特徴を織り込んでいきました。この建築は、内部に周囲とは別世界を展開する目的から、壁が多く、窓の少ない構成となります。窓が少ないと、沖縄の強い日差しは制御しやすく、また、限られた光でも、反射しながら奥まで届くので、部屋が暗くなることはありません。しかし、少ない窓で十分な通風を確保するため、夏の南風が効果的に入るように、窓の配置に気を配りました。また、子どもの世界を包む曲壁は、安定感と、空へと向かう広がりを生み出すために、内側にわずかに倒す造形とし、上からの強い光が乱反射して、柔らかい表情が生まれるようにコンクリート小たたきの仕上げとしました。この建築が、子どもたちと彼らを見守る大人たちの内面を、豊かに育み、その積み重ねが、平和を追求する力となることを願っています。

■投影図

■平面図

close