いまいづみ幼稚園
人生の出発を育む建築空間

掲載誌
設計主旨
 幼稚園の建築は、子どもにとって人生の出発の空間です。ここで子どもは、初めて多くの友だちと共に生活し、新しい遊びを体験し、様々なことを学び、そして自分を発見していきます。その時子どもたちの内面には、生きることへの期待や歓びが漲っていることでしょう。同時に幼稚園は、家から離れ、親から離れて生活する最初の場でもあります。そこでは、不安や孤独、疎外感を感じることもあるでしょう。この期待と不安という相反する思いを、幼稚園の建築空間は受け止め、期待を育み、不安を癒さなければなりません。不安が無くなることで、子どもたちの成長しようとする意欲が十全に育まれることを考えると、この二つは幼稚園建築に無くてはならない二つの柱ではないでしょうか。一つは、家の延長として、自分が守られているという確かな「安らぎが感じられること、もう一つは、新しい世界と出会い、それを学び取っていこうと欲する心が、無限の「広がり」を感じ取れる場であること。この二つの大切なことを、一つの建築空間として構想する中からこの幼稚園建築は生まれました。  いまいづみ幼稚園は、静岡県富士市に建つ、園児300名の私立幼稚園です。創立50周年を契機に、老朽園舎を建て替えることになりました。敷地は、北側の富士山へとゆるやかにのぼる大地に位置し、隣接する水路の作る不定形な形により、微妙で、多様な空間が、場所々々に生み出され、魅力ある園庭が展開していきました。そこで、この外部空間の魅力を可能な限り残すため、北西の角に建つL型の老朽園舎を壊した上に、同じくL型に、新園舎を建てることとしました。そして、10年前に建設した、バルコニーのうねる外観が特徴的な、西側の既存園舎と連結させる配置としました。  始めに、L型平面の持つ、空間を受け止め囲み込む特性に着目し、この特徴を生かし、強めることで、「守られた安らぎ」の感じられる空間を形づくっていきました。まず、既存園舎から連続する2階バルコニーを、園庭に向けて包み込むように、円弧を描いて巡らせることで、大きく腕を広げ迎え入れるような造形を生み出しました。さらに玄関を、L型の中央に向かって45°の向きで配置し、そこから左右の保育室へと展開する平面計画により、建築全体を、安定を感じさせる左右対称の構成としました。この中心の軸性を強めるために、玄関正面奥のL型の交点にあたる位置に、円筒形の壁を築き、壁画(松井エイコ作)を配しました。さらにこの壁画の背後に、絵本の部屋を展開し、この場所を建築全体の精神的な要と位置づけました。子どもたちの一日が、壁画との出会い、そして本との触れ合いという、内面的な営みから始まってほしいとの思いを込めてのことです。  このL型構成の生み出す安定した建築造形の上に、大きく軽やかな屋根を乗せることで、内から外へと大らかに広がる建築空間を形づくりました。2階中央の多目的ルームと左右の保育室のそれぞれにHPシェル構造の屋根を乗せ、3つの屋根が一体に連続する構成としました。外観は、HPシェル独特の平面をねじったような形により、滑空する鳥の翼を連想させる造形としました。内部に入り、玄関から左右の階段で2階に上がると、微妙な曲面を持つ白い天井に包まれた多目的ルームに出るこの天井に、床や庇に反射した自然光が映り込み時間を追って、様々な表情が生まれていきます。さらに、この間接光が部屋の隅々まで届くことで、穏やかな光が空間全体に満ちていきます。天井の生み出す広がりを生かし、隣接するHPシェルの軽やかな曲面へと視界が広がるように、一体空間を透明ガラスで仕切る構成としました。天井にリブのデザインを入れることで、光の表情を強め、HPシェルの特徴を引き立たせるように工夫をしました。  この穏やかな一体空間の中で、子どもが心を寄せられるような、こじんまりとした場所をつくろうと考え、円筒形のトイレを保育室に食い込ませるように配置しました。保育室から見ると、直線で仕切られた空間の中に、曲面の壁が入り込むことで変化と広がりが生み出されます。また、円形のトイレ内は、南向きのガラスブロックからの光によって、明るく暖かな印象を持つ空間としました。さらに、玄関の壁画と左右のトイレの3つの円筒形が、建築全体の中で核となる場所として認識されることで、自分のいる位置が明確に意識され、大きな建築の中での安心感につながるように意図しました。  守られた安らぎを基盤に、無限の可能性に向けて、心の広がる建築空間をめざしたこの幼稚園で人生の出発の3年間を過ごした子どもたちが、さらに、一人一人の未来に向けて、羽ばたいていくことを願っています。

■アクソメ

■1階平面図

■2階平面図

■3階平面図

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