童心社本社ビル

建築概要
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設計主旨
 子どもたちに文化を手渡す、児童書出版社の本社ビルです。この建築は対照的な2つからなります。1つは曲面ガラスに包まれた南側部分、もう一つがレンガ積みの北側部分です。文化を生み出す場において、人間の内面の営みが十分に力を発揮するには、心が伸びやかに解放される必要があります。そしてそれを支える基盤として、確かな安定や安心が前提となります。この大切な2つを、南の曲面ガラス部分と北のレンガ積み部分に込めました。両者が際立ちつつ連動することで、人間の内面の営みが解放されるような空間を実現できればと考えました。
 まず、心が伸びやかに広がる場として、曲面ガラスによって一体空間を包み込みました。周囲の隣家が気にならないように、ガラスの外に縦ルーバーを並べることで、守られた落ち着きを失うことなく、包まれた一体感が感じられるようにしました。外観上は、軽やかなガラス面が円を描きながら遠くに消えていくシルエットに、無限に世界が続くような広がりある佇まいをめざしました。
 この南側の開放空間を支える基盤となるように、北側部分を組み立てていきました。耐震上は、壁が多く堅固な北側部分で建物全体を支える構造にしました。機能面では、北側の会議室・校正室などの閉じた諸室と南側の開放空間が隣り合い、連動する構成にしました。外観はレンガ太目地積みの醸し出す分厚く落ち着きのある質感により、南側ガラス面の軽やかさを支える安定感を生み出しました。 
 このように形づくられた場を土台とし、その上に紙芝居のためのホールをつくりました。日本独自の文化財である紙芝居を学び、深め、世界へ広める場であり、各地で文化活動をする人たちも集える場です。紙芝居の「集中し、思いをその場に解き放つ」特性と響き合う空間をめざし、円弧で囲む構成としました。建物の輪郭を生かした曲面で左右からホールを包み込み、集中を高めると同時に、円弧の生みだす広がろうとする力によって、解き放つ空間特性を生み出していきました。
この建築からさらに児童文化が発展することを願っています。
                                            「KJ/建設ジャーナル」 2009年8月号掲載

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KAMISHIBAI  HALL 世界への幕開け
 2006年8月22日、児童書出版社である童心社新社屋のKAMISHIBAI HALLが、こけら落としを迎えました。この建築の設計をした私にとって、長い年月をかけた大切な建築の完成であるとともに、一つの空間が、多くの方々の祝福の中で命を吹き込まれ、産声を上げた瞬間です。このホールは、紙芝居を出版の主軸に据え歩み続けてきた童心社にとって、紙芝居文化への深い思いが込められた場です。同時に、出版を通して文化を生み出す場と、生み出された作品文化を演じ伝える紙芝居空間とが一つの建築の中にある点で他に類を見ない、いわば新しい紙芝居文化の幕開けの場なのです。
 私は、これまで建築家として、人間の内面と呼応する建築空間を追求し、特に幼稚園・保育園や絵本・紙芝居の空間などの子どもの心の成長の場を、人間の根幹を育む空間と位置づけ、向かい続けてきました。そんな私にとって、童心社新社屋の設計は、とても重要な意味を持っていました。子どもたちに文化を手渡す児童書出版社の空間を形づくることは、その先の子どもたちの内面形成へとつながっていきます。文化を形づくる仕事における人間の内面に応える空間はどうあるべきか。これまでの仕事のすべてをかけた計画となりました。
 人間の内面の営みが従前に力を発揮できるためには、確かな安定・安心と、心の広がりとが不可欠です。この大切な2つを童心社屋では、レンガ積みの堅固な壁と柔らかな曲面ガラスとに込めました。大きく円弧を描くガラス面が、空間を包み込み、それをレンガ積みの構築物が支えます。レンガは、暖かみの中に確かな安心を感じさせ、曲面ガラスの軽やかな開放感は、新たな可能性へと心をいざないます。
 この安心と広がりにより構成される建築空間の1階から3階までに執務の諸室を配置し、最も空に近い最上階である4階に、紙芝居の空間を配置しました。エレベーターをおりると、ガラス越しに飛び込む景色の広がりに、紙芝居への思いが高まります。
 紙芝居の場で何より求められるのは、集中と解き放ちです。建物の輪郭が曲面であることを生かして、両の手のひらで空間を包むように、曲面の壁でホールを包み込み、曲面の円弧が誘発する円にそった動きによって、解き放つ空間特性を生み出しました。天井面の中心を走る光の道筋によって、舞台へと心を引き出すと共に、舞台の上部は、大きな円形吹抜によって、集中と一体感を生み出しました。舞台背面には、紙芝居の歴史を包括する作品群を収蔵するスペースを配することで、新たな紙芝居の演技を、その背後で歴史が見守るという象徴的な意味合いを込めました。
 紙芝居がKAMISHIBAIとして、世界へと羽ばたく今、このKAMISHIBAI HALLは、本物の文化を生み出し広める拠点として、重要な役割が期待されています。紙芝居を愛する多くの方々に見守られ、育てられていく、その歩みは今始まったところです。
                                     紙芝居文化の会 会報(2006年11月発行) 掲載

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紙芝居の世界が深まる空間を
 紙芝居ホールがある出版社は、世界に一つ、童心社だけです。この世界にただ一つの建築をデザインするときに、どういうことを考え、建築空間を生み出していったのかを、書きたいと思います。
 私は「人間の内面と呼応する建築空間」をテーマに建築をデザインしています。人は、自分の周囲の空間がどうなっているかによって心の中が違ってきます。たとえば広い空間の中では開放感を感じますが、茫漠とした大空間になると寄る辺ない不安を感じます。囲まれた空間だと落ち着きますが、囲われすぎると閉塞感を感じるようになります。
 このように敏感に周囲の空間の影響を受ける人間の内面に対して、建築の役割は、不安や圧迫を感じさせることなく、そこを自分の居場所と感じられるようにすることだと思います。その上で、安らいだり、くつろいだり、集中したりといった人間の内面の営みをより深め、充実させるような空間を追求することから、私は建築を形づくっていきたいと考えています。
 童心社は、出版社としての仕事の場と、紙芝居のためのホールからなっています。この2つの場に共通するのは『文化を新たに生み出す』ということです。『新たに生み出す』ことは、新しい世界へと思いを広げることであり、心が広がるような空間が求められます。そこで建物の南側を全面、透明な曲面のガラスにしました。ガラスの透明感は広々とした開放感を生み出します。さらにガラスを曲面にすることで、人の心をやさしく包み込むおおらかな室内にしました。
 一方、新たな世界へと一歩を踏み出すためには、確かな安定も必要です。そこで建物の北側をレンガ積みの壁にして、揺るぎない安定感が感じられるようにしました。
 紙芝居ホールのデザインでは、紙芝居を観る人の心の動きを考えました。紙芝居を観る時、人の心は吸い寄せられるように作品に向かって集中していきます。そして観る人の心は紙芝居の演じられている場へと引き出されていきます。この人の心を「集中し、引き出す」ような空間を実現するために、光の力をデザインに取り入れました。
 まず、舞台スペースの真上に丸い大きな吹抜をつくり、間接光で丸い形を浮かび上がらせました。こうすることで人の心が紙芝居の舞台へと集中していきます。一方、人の心が引き出されるように、観客の背後の一番奥の場所から舞台に向かって、まっすぐに一本、天井面に間接照明によって光の筋をつくりました。ホールを囲む壁は、ここに集う人の心を穏やかに包みたいという願いを込めて、緩やかな曲面にしました。
 この空間でさらに紙芝居の世界が深まることを願います。
                                母の広場 (発行:童心社 2016年1月15日発行)掲載
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